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「設計に関わるすべてのことを『建築』だと考える。」

  • 執筆者の写真: yamanoi
    yamanoi
  • 2025年11月11日
  • 読了時間: 3分

更新日:2025年12月17日

旧耐震物件の可能性を探るメディアサイト1981+倶楽部にて特集記事が掲載されましたのでぜひご覧ください。


―今日はお時間をいただきありがとうございます。道路に面した細長い形、開放的な窓が印象的な事務所ですね。

元々はサザエさんの街として知られる桜新町に事務所を構えていましたが、6年前に今の世田谷区粕谷に自身で設計して自宅兼事務所を構えました。南側に少し歩くとウルトラマンの街、祖師谷ですので、街の雰囲気はサザエさんからウルトラマンに変わった感じです(笑)。日中は、天井のガラスのスリットから光がふんだんに入ってくるので、中にいても外にいるような開放感で過ごせます。この敷地は間口が約15メートル、奥行きが4メートルという狭小住宅です。上から見ると少し歪な台形をしていて、玄関から事務所の奥に進むにつれて幅が狭くなっています。目の前の道路が『都市計画道路』で、将来的には調布の方まで延びていくらしいのですが、インフラである電気やガス、電話線などが全て地中に埋められているので電柱もなく、景観がスッキリしています。ヒマラヤスギや桜の風景も良かったので、窓を大きく取りました。「通りからジロジロと中を覗かれない?!」と心配されますが、ガラスの反射があるので、意外と外からは中が見えにくくなっています。


―山野井靖建築事務所を設立されるまでのキャリアについて教えていただけますか。

明治大学理工学部建築学科を卒業後は、藤本壮介建築設計事務所(以下藤本事務所)に入りました。


大学時代にいろんな建築家の方が集まった展覧会で、初めて藤本さんの作品を模型で見て、ショックを受けたのがきっかけです。というのもそれが、ものすごく変な建物だったんです(笑)。スラブと呼ばれる床だけを積み重ねたような建物で、正直、全く建築には見えませんでした (笑)。でも逆に興味を惹かれ「この人はどんな方なんだろう?」と知りたくなりました。


その後、住宅課題賞という首都圏の大学の住宅課題を集めて展示、審査、講評する展示会に藤本さんが審査員として来ていたので、展示会の終了後に、アルバイトやインターンの雇用がないか聞いてみたんです。


そしたら「明日からでも、いつでも来てくれてよいですよ」みたいな感じで言ってもらって、事務所に通うようになりました。


当時はインターン制度がなかったのでオープンデスクという形で仕事を手伝わせていただき、卒業後も就職活動は全くせず…というか大学院に行くことも考えたのですが、結果的には就職希望で藤本事務所に行きました。


その後、藤本事務所が武蔵野美術大学の美術館図書館のプロポーザルで最優秀賞を選定されたのを機にスタッフとして雇っていただくことになりました。


続きは、こちらから



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